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機関紙ジャーナリスト6月号から転載します。


 神奈川支部総会と例会
大野晃さんが講演
「政治に利用されるスポーツ」
大衆意識を操作しようとする権力


 神奈川支部は6月1日、横浜市健康福祉総合センターで、13年度の支部総会と例会を開催した。
 支部総会では改憲阻止を中心に活動するという方針を決定した。
 続く例会は、スポーツジャーナリストの大野晃さんが「政治に利用されるスポーツ」と題して講演した。
 大野さんは政治とスポーツの関わりを、歴史的な視点も加え解き明かした。15人の参加者から「今まで聞いたことのない話で刺激を受けた」との感想もあった。 
 (講演要旨)
 巨人軍の松井秀喜選手の引退に合わせた、長嶋茂雄元巨人軍監督との国民栄誉賞同時受賞。安倍内閣による政治利用というだけでなく、これまでの栄誉賞との違いは、読売新聞グループも加わった商業主義にある
 さらに深刻なスポーツの利用の例は、橋下徹大阪市長の桜宮高校バスケット部の体罰事件への介入と、教育委員会への統制だ。それは教育再生会議の目標とする管理体制の先取りだ。
 国家主義的意識の形成にスポーツを利用する例は、オリンピックに顕著だ。メダル獲得に向けた選手強化や「がんばれニッポン」の強調は、98年長野冬季五輪報道につながった。マスメディアでの日の丸、君が代の大々的な露出を受けて、「国民に定着した」との理由から、その翌年に国旗・国家法が成立した。
   社会運動する人々のスポーツへの理解はまだまだ不十分だ。
 権力はスポーツを通じて大衆意識を操作しようとする。そのためにはマスメディアの役割が不可欠だ。
スポーツそのものの面白さを伝えようとする努力も一方にあるが、日本のマスメディアはいまだ国家の広めようとするスポーツ観に対抗するスポーツ報道を確立したとは言えない。
 自分の有利なように一方的にルールを変えることには大きな批判が起こる。こうした大衆意識はフェアプレイの精神として、スポーツにより定着したものだ。スポーツは、民主主義の揺り籠といえる。
 スポーツの報道は人間を描きやすい。高度成長期には企業に貢献する社員が求められ、競技者の談話も「チームのために頑張った」というものが多かった。それが次第に「自分のためにスポーツをする」に変わってきた。
 最近ではスポーツ選手がスポーツ固有の価値や社会的役割を自覚してきている。プロ野球選手会がWBC問題で積極的に発言したことや、競技者たちの自主的な東日本大震災被災地支援などは記憶に新しい。
 スポーツジャーナリズムの現状を一面的に否定はできない。かつてはニュー・ジャーナリズムと呼ばれる一連のルポルタージュが発表された。現在も商業利用を専らとするマスメディア企業と現場の記者とがせめぎ合っている。
 新聞に登場した初めてのスポーツ記事は1896年に一高野球部が横浜の外国人クラブに勝ったことを報じた記事だ。以来、五輪を国威発揚の場ととらえる報道は連綿と続いている。
 その一方で、戦後GHQが奨励した草野球をはじめ、スポーツは戦後社会に定着し、マスメディア企業はスポーツ大会を主宰した。
 予算確保のためという側面があるものの、市民のスポーツする権利を定めたスポーツ基本法も制定されている。
保坂義久(神奈川支部
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