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 JCJ機関紙「ジャーナリスト」に掲載した神奈川支部の登戸見学会の記事です。

 10月8日、神奈川支部では、旧陸軍登戸研究所の見学会を開いた。
 川崎市多摩区にあった登戸研究所は、1937年(昭和12年)に陸軍科学研究所が東京・新宿から移転してきたもので、広大な敷地は現在、明治大学のキャンパスとなっている。
宮永さん(旧陸軍登戸研究所の保存を求める市民の会)の案内で、まずキャンパスの一角にある弥心(やごころ)神社を見学。続いて動物慰霊碑まで移動した。
 慰霊碑は実験動物の慰霊碑とされるが、研究者には中国人捕虜に生体実験をした心の負い目もあったのではないかと、宮永さんは推測する。
 研究所の本館前のロータリーに植えられていたヒマラヤ杉があり、幹回りが二抱え以上ある巨木に育っている。
 当時の建物は殆どなく、キャンパス内の道の端にある消火栓、コンクリート製の弾薬庫が、僅かな遺構だ。
 中国紙幣の偽札を印刷・貯蔵していた木造の建物も、老朽化で昨年に取り壊された。建物の部材が、明治大学平和資料館に展示されている。
 資料館は生物・化学兵器を研究していた第二科の建物を利用している。
 宮永さんの案内で資料館を見学した。偽札の実物も展示されている。偽札の使用は国際条約により戦争犯罪として禁じられていたが、日本軍の関係者は情報提供の見返りに、訴追を免れたという。
 風船爆弾も登戸研究所で開発された兵器だ。アメリカでは、日本軍が風船爆弾に生物兵器を載せることを懸念して、パニックを恐れ、風船爆弾のことを秘密にしていたという。
 登戸研究所は、スパイの道具を開発したり、偽札を印刷したり、諜報戦に関わり、その存在は極秘にされていたが、大きな研究所には相応に人手も必要で、地元の学生などの募集もしていたという。資料館で視聴したDVDには、当時の関係者の記念写真なども記録されていた。
 興味深い企画だったため、参加者はJCJ会員以外の一般含め35人だった。(神奈川支部)
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