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JCJ神奈川支部運営委員でもあった相羽宏紀さんを偲ぶ会が4月28日に開かれました。(http://jcjkana.blog102.fc2.com/blog-entry-4.html)
ここに神奈川支部通信の記事を再録します。01年はアメリカで9.11同時多発アタック(攻撃)があった年です。その年、春から個人情報保護法案反対運動が昂揚し、「個人情報保護法案拒否!共同アピールの会」の呼びかけで各地で集会が開催されました。

(5月1日補記。関連エントリーをあげます)


全貌をつかみきれぬ巨大な現実
~アフガン戦争と個人情報保護法に思う~

          相羽宏紀(フリーランスライター)

 秋の1日、横須賀の労組・市民団体のピースフェスティバルを見にいった。ついでに港内見学船にも乗って説明を聞きながら、アメリカや自衛隊の艦船、弾薬庫や燃料庫などの施設も観察した。横須賀の戦後の反戦平和運動の歴史も学んだし、得るところが多かった。しかし、ある種のもどかしさをも感じた。
 記事は足で書け、必ず現場に行って自らの身体感覚を使って書けと昔から教えられてきた。しかし、アメリカでの同時多発テロからアフガン戦争にいたる巨大な現実を前にすると、限られた現場でせいぜい自分の身の丈でしかとらえられない事実の断片を集めたところでどうなるものか、という思いにとらわれる。
 事実の全貌をつかめる者はいない
 アフガン現地やアラビア海、あるいはワシントンの中枢に出かけても、程度の差はあれ事情は同じことだろう。全体を見渡せる「現場」はどこにもない。私のような非力な一個人だけではない。大きなマスメディアのネットワークにしても、日本政府はもちろん、アメリカの大統領や国務長官、国防長官にしてからが、今進行している事実の全貌はつかみきれていないのではないかと思う。タリバーン側にしても同じことだ。
 そんななかで死んでしまった人たちがいる。これから死んでいく人たちがいる。死ぬこと自体恐ろしいが、自分がなぜ死ななければならないのかもわからないまま、非業の最期をとげるのは実におぞましく哀しい。人間に生きがいというものが必要ならば、死にがいというものもなくてはならないだろう。死にがいさえ否定されてテロと戦争の犠牲になる人たちがいたましい。
 壮大な意図を持った確信犯はいるか
 そういう思いのなかで10月27日に開かれた個人情報保護法案反対の「同時多発ミーティング」に出席した。3人の講師のそれぞれの個性あふれる発言に大いに啓発された。行き違いがあってJCJ神奈川支部は共催に参加せず、個人参加となったが、私としては面白かった。とはいえ、ここでもまた、全貌がつかみにくい進行中の現実を感じた。
 「個人情報保護」という大目的が、いつどこでだれによって捻じ曲げられたのかがよくわからない。本来の目的を逆用して情報ファシズムへと導く「壮大な意図を持った確信犯」はいるのだろうか。どうもそんな気配ではなく、あっちこっちの「都合」を寄せ集めていくうちにこんな危険な仕掛けが出来上がってしまったように思う。どこか「無責任の体系」を感じさせる。
 人間社会が自ら置かれている現実の全貌をつかみきれず、その結果の予測もできず、だれも明確な責任を負わないまま、とんでもない悲劇が突然やってくる。それによって、わたしも明日死ぬかもしれない。そんな暗澹とした時代がやってきたのだろうか。いや、それはもともと神ならぬ人間の社会の宿命だと言われてしまえばそれまでだが。
 ある講師は「言論・報道の自由は無制限であるべきだ。しかし、同時に言論・報道に携わる人々が発言に責任を持ち自らを律するべきだ。匿名性を放棄して、社会に面をさらして発言し、行動する必要がある」と発言した。私も、そのいさぎよさに共感した。こうした強い「個」が今は必要なときだと思う。しかし、それを単なる「個」の人生美学で終わらせてはならないだろう。
 ジャーナリストは知の組織化を
 複雑難解で全貌の捕捉が難しい現実を前にして、私は良心的なジャーナリストが知の組織化をやるべきだと思う。組織化という言葉が不適当なら編集という言葉を使ってもいい。多くの知を束ねて、よりよい知恵を生み出したい。知はなにもジャーナリストだけのものではない。学者・専門家の知恵も、普通の生活人の知恵も平等に取り入れてこそ、狭い専門性を打破して、この時代に立ち向かう知恵の総結集ができるのだと考える。
 そのすべてとは言わないまでも、重要な舞台となるのが良心的なジャーナリストや機関紙活動家を結集している日本ジャーナリスト会議や日本機関紙協会ではないだろうか。個人の非力さを痛感するからこそ、私としてはみなさんとの連帯を痛切に願う毎日です。

 (JCJ神奈川支部通信第27号 2001年11月15日発行 より)
 
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