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機関紙「ジャーナリスト」08年11月号から転載します。

裁判所自らの責任を指摘
     横浜事件の第4次再審請求弁護団長 大川隆司

 ①横浜事件は、一般に「戦時下最大の言論弾圧事件」と呼ばれる。刑事弾圧を契機として、1944年7月に、中央公論社と改造社が解散に追い込まれた事実が、このような歴史的評価を裏付けている。
 ②その外形だけを見れば、「悪い奴ら」は特高警察や思想検事だという評価は誰しもが持つ。
 しかし、だからといって、冤罪事件にクロの判決を下した裁判所の責任が放置されてよいわけはない。とくに、確認されている33件の判決のうち日本が降伏(45・8・15)した後の判決が25件あり、そのすべてが有罪判決であること、そして事件記録がすべて消滅していることは、一方で特高を応援しつつ、他方自らの保身のために、「進駐軍」に押収される前にその証拠・形跡の隠滅をはかろうという裁判所の姿勢をよく示している。
   ③再審請求の目的は、有罪判決によって毀損された元被告人の「名誉を回復する」ということに尽きるものではない。権力機関である裁判所自身に対し、かつての有罪判決がまちがったことを認め、その原因がどこにあったかの解明を要求することにこそ、重大な意義がある。それは、現在および将来にわたって法と向きあう今日の裁判所の姿勢を占うものであるからだ。
 ④この目的が第4次再審請求に対する横浜地裁(大島隆明裁判長)の本年10月31日付再審開始決定によって初めて達成された。同決定は、まず、1945年の判決が小野康人氏と相川博氏の「自白」のみを有罪の証拠としており、その自白は特高警察官の拷問によって得られた「信用性に顕著な疑い」があるものであることを指摘した。この点は第3次再審における東京高裁の中川決定(05年3月10日)と同じである。しかし大島決定はそこに止まらなかった。
 ⑤1942年7月4、5日に細川嘉六氏を囲んで小野氏や相川氏などの編集者ら7人が富山県泊町(現朝日町)で宴会を開いた時の有名な記念写真や故・小野貞さんが保存していたスナップ写真を見て、裁判所は「外形的行動は行楽や酒食のもてなし」であると指摘し、「予審段階で、なぜ参加者の自白が重視され、このような客観的な行動状況が軽視されたのか理由は判然としない。」と判示した。
 ⑥また、小野康人氏らが、公判廷において捜査段階での自白を撤回しようとしたにもかかわらず、裁判所が十分な審理をしないまま即日判決を下したことについて、「拙速と言われてもやむを得ないようなずさんな事件処理がされたことがうかがわれる」と指摘した。
 特高や思想検事だけの責任に帰するのではなく、裁判所(予審および公判)が公正な審理をすれば回避しえた有罪判決として、原判決を見直すべきものとした開始決定の意義は、日本の裁判所が西ドイツと違って一度も「戦争責任の総括」をしたことがない、という状況の中で貴重なものがある。
 ⑦今回の開始決定は、第1次再審請求以来の積み重ねの中で獲得できたものと思う。大島決定は、横浜事件の記録が「連合国との関係において不都合な事実を隠蔽しようとする意図で廃棄した可能性が高い」ことを指摘し、従って、記録の不存在によって「請求人らに不利益にならないよう」努めることが裁判の責務である、とした。
 実はここでいう「裁判所が記録を廃棄した可能性」は、第1次再審に対する横浜地裁の決定の中で指摘されていたことだった。
 ⑧そして第3次、第4次では、特高の拷問を告発する元被告の「口述書」などが有罪をつき崩す新証拠としての評価を受けることになった。従って今回の成果は、22年間にわたって粘り強く再審請求を継続してきたことによって獲得できたものであると確信する。
  
   (1・2面に関連記事

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