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 JCJ機関紙 08年11月号から転載します。

 横浜事件・再審裁判
「実質無罪」勝ちとる

第一次請求から22年の成果
「拷問による自白」土台に

 横浜地裁は10月31日、横浜事件再審裁判の第4次請求に対する「再審開始」決定において、「実質無罪」の判定を下した。
 一方、第3次請求に対して地裁はすでに03年に「再審開始」を決定、その後再審公判が開かれ、今年3月の最高裁で「免訴」が確定している。
 ではその第3次と今回の第4次の「再審開始」決定はどう違うのか―。

 梅田正己(横浜事件・再審裁判を支援する会事務局)

◆虚構の犯罪と拷問

 アジア太平洋戦争中の1942年から45年にわたる横浜事件は「日本近代史上最大の言論弾圧事件」だったといえる。これにより『中央公論』『改造』という当時の言論界を代表する二大総合雑誌が廃刊となり、その編集者や寄稿者を含む60余名が検挙されてうち4名が獄死。さらに中央公論社、改造社という出版社自体もつぶされてしまったからだ。
 検挙はすべて治安維持法違反だったが、肝心の「犯罪事実」はどこにもなかった。唯一存在したのは、国際政治学者の細川嘉六が『改造』42年8、9月号に寄稿した論文「世界史の動向と日本」だけである。
 アジア諸民族の民族自決への支援を訴えたこの論文を「共産主義宣伝の論文」として発禁処分とした特高警察は、さらに同年7月、細川が自著の印税収入で親しい編集者らを郷里の富山県泊に招いて行った慰労会を「共産党再建準備会」と決め付け、参加者とその交友関係者を次々に検挙していった。
 徹底した弾圧により思想的廃墟と化していた戦時下の日本で、共産党再建などは夢にも考えられない。しかし神奈川県特高は、フィクションを自白によって〝実証〟するために、検挙した人々に対し横浜市内の各警察署で激しい拷問を加えた(ここから「横浜事件」という呼び名が生まれる)。
 こうして、凄惨な拷問による自白の連鎖が横浜事件の特徴となった。

◆〝記録がない〟の壁

 戦後間もなく、検挙・拷問の被害者33名はそれぞれの被害状況を口述書にまとめ特高警察官を告発した。その結果、52年、最高裁判決で3名の特高警察官が特別公務員暴行凌虐罪で有罪となった。
 時をへて86年、国家秘密法案が国会に提出され、治安維持法の時代再来が危惧される中、横浜事件の被害者・遺族9名が、横浜地裁に再審を請求した。
 再審請求には「新証拠」が必要とされる。その「新証拠」が先述の52年の最高裁判決だった。終戦直後の判決で有罪の証拠とされているのは各人の「自白」だが、拷問の事実が確証されたことで自白の真実性は崩壊した、と主張したのである。
 しかしこの再審請求に対し地裁判決は、「一件記録の不存在」を理由に棄却、91年の最高裁棄却で第1次は終わった。(2面に続く)

 横浜事件再審裁判
日本近代史上最大の言論弾圧事件
国家権力のフレームアップ確定 
          梅田 正己
(1面から続く)

◆第3次で振り出しに

 〝記録がない〟の門前払いの壁を突破するために請求人や弁護団が考えたのが、予審終結決定と判決書がそろって残っている『改造』編集部員だった故・小野康人氏の遺族(夫人と遺児)に請求人を引き受けてもらうという道だった。これにより再審の門が開かれれば、他の事件被害者も後に続くことができるはずだ。
 こうして94年、第2次再審請求が始まったが、これもまた裁判所の一方的臆断によって2000年7月、最高裁による棄却で終わった。
 この間、98年には、被害者の木村亨氏を中心に第3次再審請求が提起されていた。申し立ての理由は、ポツダム宣言の受諾で失効した治安維持法による裁判は無効という主張である。
 この主張を受け入れ横浜地裁は03年4月、「再審開始」を決定。つづく東京高裁も05年3月、再審開始を決定した。ただし、ポツダム宣言による失効説は問題にならないと一蹴し、それよりも併せて提出されていた「拷問」の事実こそが再審開始の根拠となる、と判定した。
 拷問による自白は、第1次の新証拠である。つまり再審裁判は18年をへて振り出しに戻ったことになる。しかしこの時、被害者たちの姿はもはやこの世になかった。

◆ 「免訴」 判決の欺瞞

 こうして再審は開始されたものの、ポツダム宣言による治安維持法失効説は重要な問題を含んでいた。法解釈だけで事件の再審理はしないまま、免訴(判決はなかったことにする!)に終わる恐れがあったからである。
 はたして、開始された再審裁判では事件の中身には一歩も踏み込むことなく今年3月の最高裁で「免訴」に終わった。やっつけ裁判で下された有罪判決は打ち消されないまま残ったのである。

◆ 「実質無罪」 を求めて

 この間、02年3月、再び小野康人氏の遺族により第4次請求を行った。新証拠として提出したのは小野氏の予審終結決定書と細川論文である。
 これにより事件の核心部分の泊会議と細川論文の虚構を証明し、横浜事件の構図全体を突き崩すことによって「無罪」を勝ち取ることを目標に定めたのである。
 ところが途中、先行する第3次に対し「免訴」の判決があり、やがてそれは最高裁で確定した。
 第4次に対しても「再審開始」となることは当然予想される。また最高裁判決がある以上、結論が「免訴」となることももはや避けられない。
 であるなら、最初の地裁における「再審開始」の決定に勝負をかけるほかに道はない。そこで弁護団は裁判所に対し、事件の内容に立ち入って審理を行い、その上で「決定」が下されるよう、幾度も要請した。
 そしてついに大島隆明裁判長により「実質無罪」を示す「再審開始」決定が下されたのである。

◆事件の虚構を解明

 その新証拠として取り上げられたのは、予審終結決定や細川論文の鑑定書ではなく、第3次での高裁決定と同じ「拷問による自白」だった。
 しかしその結論は単に「自白」だけでなく、それを土台にして、これまでに提出された証拠類を精査して導き出されたものである。
 そのことは、特高告発の口述書をはじめ、小野貞さんほか被害者たちの著作や供述、第1次の際に作成した請求人9人の証言ビデオ、泊での写真などの「証拠は、小野に対して無罪を言い渡すべき、新たに発見した明確な証拠であるということができる」と言い切っていることからもわかる。
 こうして「日本近代史上最大の言論弾圧事件」は、国家権力によってでっち上げられた虚構=フレームアップだったことが裁判において確定した。22年を費やして得られた成果として、注目されることを願ってやまない。(3面に関連記事)
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