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神奈川支部通信36号( 2002年10月25日発行)から今野宏さんの記事を転載します。
 08年は、物理学、化学の部門でで日本人がノーベル賞受賞しました。この支部通信の記事は、小柴昌俊氏が受賞したおりのものですが、現在読んでも考えさせられるところが多いと思います。
 

科学は国際交流で発展 アサヒ記事を読む     
               今野宏(元横浜国大講師・物理学)

 小柴名誉教授のノーベル賞が決まった時点で出た朝日新聞記事(アサヒコムに基づく。新聞は10月9日付3面に掲載)について今野宏さんに批評していただきました。(支部通信編集部)
        http://www.asahi.com/national/update/1008/038.html
  
  「独創力がない」は俗論 
 記事の表題は「日本科学、世界が認知 ノーベル賞3年連続受賞」と、3つのキーワードを並べている。
 「3年連続受賞」について記事は、利根川進氏以来、・・・13年の『空白時代』があっただけに」その重さがある、という。その「重さ」とは何を意味しているかを読んでいくと、連続受賞が、「日本科学」は独創力が弱いなどといわれた「弱点」を吹き飛ばし、「世界が」水準の高さを「認知」したこと、それが「国全体が意気消沈した今の日本には」カンフル剤になる、ことにあるらしい。
 日本の科学の「独創力が弱い」というのは俗論として定着しているらしいが、日本の熱意ある科学者には、「研究成果の独創性を日本では認めてくれない」「独創的着想を取り上げてくれない(研究費がつかない)」「独創的研究を遂行する条件が貧弱で、他国の研究者に先を越されてしまう」ことなどが俗論を生み出している、との思いがある。地位や名誉の点で日本では正当に評価されていなかった研究者が、実は大変な価値ある独創的研究者と海外から認められた一つの実例が田中氏の受賞ではないか。日本の科学は独創性が「弱い」のではない。俗論はただされなければならない。
   
 ノーベル賞を受賞しなかった研究は独創性が劣るのであろうか。そんなことはあり得ない。日本の物理学分野だけでも、長岡半太郎、本多光太郎、菊池正士、坂田昌一、等など、ノーベル賞を受賞しても当然、といわれる研究者は枚挙にいとまない。ノーベル財団のファンドに限りがなければ、もっと多数の日本人が受賞したであろう。
   科学の営みは常に国際的 
 第1回目のノーベル物理学賞は1901年、X線の発見者、レントゲンに対してであった。湯川秀樹が日本人初の受賞者となったのが1949年である。極東の小国、日本が物理学などを始めたことが国際的に関心を呼ぶまでにこれだけの時間を必要としても不思議はない。その間、日本は世界相手の戦争をしていた時期もある。
 それからさらに半世紀、世界の物理学が発展するなかで、日本の物理学も発展した。科学は一つの国だけで発展するのではなく、普段の国際交流のなかで発展する。科学の営みは常に国際的であることを求めている。ことさらに「日本科学の勝利」などと騒ぐのは愚かしい。大切なのは、日本の科学政策が世界の発展にふさわしいかどうかである。基礎科学の研究予算が削られ、小柴の研究をルーツとするスーパーカミオカンデの運転ができなくなるような心配もある日本の現状を改善することこそ求められる。
 記事が「日本にとって大変な誇り。21世紀は知の世紀であるだけに、優れた研究者の活躍をバックアップしていきたい」との遠山文科相の話で結んでいるのは噴飯ものである。「日本の大学はトップ30大学に絞り充実し、それ以外は期待しない」との政策は「遠山プラン」と呼ばれている。国立の研究所や博物館などを「独立行政法人」化して、国の負担を大幅に減らそうとしている張本人の言葉として、あまりにも白々しいではないか。
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