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旧JCJホームページ「映画の鏡から。

集団が主人公(2000.12.25)
"名もある民衆"の闘い
現代に通じる時代劇『郡上一揆』

 昔から赤穂浪士の討ち入りは人気のある題材で、浄瑠璃、歌舞伎からテレビドラマまで様々な作品を生んだ。復讐という苛烈な行動に収斂されていく四十七士の人間ドラマが観客を惹きつけるのだろうが、現代では一つの目的に向かい力を結集する集団のドラマという見方も、特にビジネスマンなどの中にはあるだろう。
 集団が主役というドラマは難しく、古今にもそう例を見なかろうが、その稀有の成功例が出現した。神山征二郎監督 作品『郡上一揆』。江戸時代中期の宝暦年間(1875年頃)、美濃の郡上藩に起こった百姓一揆を描いた作品である。  一体、百姓一揆を題材に商業映画を製作しようというプロデューサーが果たしているだろうか。ドラマ作りも同様。佐倉宗五郎を主人公にしたものならまだ構想できる。この映画では百姓一揆を主導する主な面々が集団的な主役とも言える。そんな映画は発想するのも大変だ。その大変な事業を実現させたのは、岐阜県出身でかねてから郡上一揆に関心を持ち映画化を志していた神山監督の執念だ。

 一揆の発端 
 普通の意味で主役といえるのは緒形直人演ずる定次郎だ。彼は父の助佐衛門(加藤剛)から「村の役に立つ者になれ」と読み書きを仕込まれて育つ。若妻かよ(岩崎ひろみ)との間に女児が生まれたばかりの定次郎は、その能力を見こまれて、江戸へ出訴する人数に選ばれる。
 もっとも、最初から百姓は武力行動や直訴に訴えるわけではない。発端は領主、金森家からの年貢の徴収方法を定免法から検見取り法に変えるとの通達だ。「一定額を徴収する定免(じょうめん)より、その年の作柄に応じて年貢高を決める検見取り(けみどり)の方が不作の時には助かる、上にもお慈悲はあろうぞ」という庄屋・平右衛門(前田吟)たちの言い分は百姓たちに問題にされない。藩財政窮迫のための増税であることは明らかだとして、領内の村村から百姓たちは城下に押しかける。
 そこで一旦は家老から江戸の藩主に報告する旨のお墨付きを得たのだが、藩主金森頼錦(かなもりよりかね・河原崎建三)に譲歩する気はない。江戸で幕府の要人を接待するのに熱心な藩主は、幕府の機関である美濃郡代を動かして検見を申しつけ、庄屋たちを拘束する。

 一揆の実像
 藩主の姿勢に憤った百姓たちは江戸へ代表を送って老中の登城途中の籠に駆け込み訴えする。百姓たちが中央政界の政治動向を知っていて、領主と姻戚関係のある幕閣要人を避けたり、公事宿で日を送る間に妥協派(寝者)と原則派(立者)の対立があらわになるところなどに百姓一揆の実像が描かれる。
 この直訴は曖昧に処理され、定次郎ら訴えた者は村預かりという処分になる。百姓たちは集まって江戸出訴の費用を算出し、村ごとに分担して集めるのだが、こうした描写も現代に通じる一揆の実像だろう。百姓一揆は窮民の暴発ではなく、百姓たちの組織化された運動なのだ。
 一揆側の帳簿を預かった指導者の一人、四郎左衛門(林隆三)の家が寝者の庄屋に案内された藩の足軽に襲われ帳簿が奪われる。それを取り返そうと集まった百姓たちは投石や竹槍で立ち向かう。武力衝突から事態は一揆に流動化し、定次郎たちは目安箱へ訴状をいれるべく再び江戸へ向かう。

 映画的な描写で
 藩の侍や足軽と百姓たちとの戦闘シーンはスペクタクルだ。謹慎中に出訴に及んだ定次郎たちは奉行所に捕らえられ、石を抱かせられるなど拷問を受けるが、一揆の主導者たちの打ち首のシーンとともにインパクトある映画ならではの描写だ。映画としての見ごたえを等閑にせず、百姓一揆という必ずしも一般受けのしない題材を作品化したのは神山監督の功績だが、それはこれからの日本映画の行き方を示唆しているのかもしれない。
 この作品はまずキャスティングが充実している。必ずしもスター主義というのではなくとも、演技陣の厚みが映画の魅力を一番に支えると思う。それから骨太なストーリー。もっと藩主側の腐敗や百姓たちの人間的苦悩を盛りこむ選択肢はあったかもしれない。しかし主導者群像を主役とする重厚な演出が、一揆の歴史的意味を描きだしている。

 歴史認識を持って
 江戸時代と現代は大きく隔たっている。武士をサラリーマン、藩を企業、一揆を社会運動と類比させるのは、多くの発見とともに間違う可能性もあるだろう。この映画でも百姓の情報能力や組織力が様々に描かれるが、拷問や処刑された一揆首謀者たちを人々が神と崇めるところなど、当時と現代との差異も描きこまれている。
 だがそれは前近代を非合理で野蛮と貶める、従来のような歴史観ではない。百姓たちの不退転の行動と自己犠牲が、歴史を作り人々を動かしてきたことの強調と見るべきだろう。郡上一揆では藩主が責任を負って改易され、為政者に民衆の力を知らしめたのは歴史上の事実でもある。
 この映画で最も新鮮なところは百姓の描き方だ。それは武士などのヒーローの点景ではなく、常に虐げられる憐れな存在でもない。この作品の百姓は「民衆」という用語で表される空疎な観念ではない。一揆は名もない民衆が立ちあがったのではない。一人一人の名前を持った、名のある民衆が決起したのだ。
 一揆の指導者たちは決して異常な英雄ではないが、一人一人が個性を持ち、郷土を愛し名を惜しんで命がけで闘う。しかもその闘争と自己犠牲は、決して権力に使嗾されたものでなく、理不尽な権力に対する抵抗なのだ。
 こうした民衆像は戦前にも戦後にもなかったろう。歴史研究の成果により最近に確立したと思う。映画「郡上一揆」は何よりそうした百姓像を定立したことで日本映画史に残るだろう。日本映画が持ってほしいものの一つは、こうした構想の大きさと歴史認識の深さだから。
         (保坂義久)


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