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 JCJ機関紙ジャーナリスト98年7月号「映画の鏡」の文章を再掲します。

 映画ボスニアについては goo映画 参照。

 
 戦争の不条理が交錯
 特異な反戦映画『ボスニア』

 93年。たった5年前。ボスニア内戦のニュースを見ても、錯綜していて何がなんだかわからなkぁった。どうして戦争が起こったのか、どんな戦争が行われているのか、わからなかった。  新ユーゴスラビア映画『ボスニア』を見ても、なぜ戦争が起こったのか、悪いのは誰なのか依然としてわからない。
 しかしどんなせんそうだったかは、おぼろげに、そして鮮烈に理解できる。
 主人公のセルビア兵士にはムスリム人の幼友達がいた。
 やがて内戦が起こり、彼らは敵味方に分かれる。ある先頭で、主人公達は未完成のまま廃墟になったトンネルの逃げ込む。しかしムスリム人部隊が来て、彼らはトンネル内に釘付けになってしまう。そこにアメリカ人ジャーナリストも紛れ込む。持久戦になり水の欠乏した彼らは、脱出を試みる。外のムスリム軍には幼友達がいた……。
 生き延びた主人公の病院のシーン。孤立したセルビア人兵士達の回想。多くの異なった時間軸の話が連ねられるので、一見してわかりやすい映画とは言いがたい。
 非常事態にもかかわらず軽口を言い合うアメリカ映画のようなセリフもあずかって、リアルに戦争の悲惨さを描いた作品とはなっていない。
 しかし、そのような構成全体が戦争の不条理を表現する。
 この映画は塹壕から身を乗り出した兵士が狙撃されるごときエピソードで戦争の空しさを描くのではない。
 内戦前の平和な生活の追憶が戦争の悲劇を際立たせるのでもない。
 諧謔に満ちたタッチで、現代のポップ文化への賛美をあらわにしながら、あの戦争の「わけのわからなさ」をそのまま観客に投げかける。
 この映画の最初と終わりはニュース番組のオープニングタイトルとなっている。それは映画という形式で戦争の真実を描こうとした監督、スルジャン・ドラエコヴィッチの「報道」への皮肉ではないだろうか。湾岸戦争もボスニア戦争も「お茶の間」で高見の見物をしてしまった(させてしまった)我々にこの皮肉は辛い。 (保坂義久)
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