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パブリックビューイング 2
  4月13日 の午後、横浜市の健康福祉総合センターで神奈川支部例会があった同日の午前10時から午後5時過ぎまで、横浜駅前にディスプレイを置き、官房長官会見の録画を放映する「頑張る記者さん応援パブリックビューイング@2区」が行われました。支部例会の講師の南彰さん(MIC議長・新聞労連委員長)は、その催しでもスピーチタイムにも参加して、官邸での記者会見について話をしました。
 このパブリックビューイングは、憲法カフェに取り組んでいる武井由紀子弁護士を中心に企画され、ディスプレイを設置して記者会見の映像を放映し、映像の合間にスピーチをするもの。元自衛隊レンジャーの井筒高雄さんなどが発言しました。午前中には元NHK記者の相澤冬樹さんなども発言したそうです。
 




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JCJ神奈川支部の例会は、席が足りなくなるほどの参加者でが来てくださいました。
 広めの部屋だから大丈夫だろうと思って、問い合わせの電話にも、当日自由にご参加くださいとご案内しましたが、席のなかった方には申し訳ありませんでした。
 南彰さんの話は、記者会見のをめぐるこれまでの経緯が、順番に説明され手わかりやすいものでした。
 集会の後、横浜駅西口前で開かれていたパブリックビューイングに合流しました。
 2月24日、文京区民センターで開かれた「3・1朝鮮独立運動100周年 2・24東京集会」に行きました。
 3・1独立運動については、名前を知っているだけで詳しいことを知らなかったのですが、最初に上映された映像「植民地支配に抗って—3・1独立運動」に、簡潔にまとめられていました。
 集会は韓国からのゲストの報告を含め盛りだくさんの内容でしたが、もっとも感じ入ったのはプログラムに載っていた「宣言書」、100年前の1919年3月1日に出された宣言の文章です。

 途中から抜き書きします。

 日本は、朝鮮との開国の条約を丙子年〔1876年〕に結び、その後も様々な条約を結んだが、そこに書かれた約束〔朝鮮を自主独立の国にすることなど〕を破ってきた。しかし、そのことをわたしたちは、いま非難しようとは思わない。日本の学者たちは学校の授業で学生を前にして、政治家は演説や会議の場で、わたしたちが先祖代々受け継ぎ行ってきた仕事や生活を遅れたものと馬鹿にし、わたしたちのことを、文化を持たない民族のように扱おうとしている。彼らは征服者の位置にいることを楽しみ喜んでいる。わたしたちは、彼らが、わたしたちの作り上げてきた社会の基礎とこれまで大切に受け継いできた民族の大切な歴史や文化の財産とを、馬鹿にして見下しているからといって、そのことを責めようとはしない。わたしたちは、自分たち自身をはげまし、自分たち自身を立派で確かな存在にしていこうとしていることに忙しいのであって、ほかの人をあれこれ恨む暇はない。いま、わたしたちが行わなければならないのは、よりよい自分を作り上げていくことだけである。他人を怖がらせたり、攻撃したりするのではなしに、自ら信じるところにしたがって、わたしたちは自分たち自身の新しい運命を切り開こうと「しているのである。 (後略)

 
 文章の主意としては冒頭の「わたしたちは、わたしたちの国である朝鮮国が独立国であること、また朝鮮人が自由な人間であることを宣言する」という文が重要でしょう。また宣言を出した人々の思想がうかがえる点では次の段落の「このことは、これは自然にあるべき秩序としての天が命じることであり、時代の動きにしたがうものである。また、すべての人類がともに生きていく権利のための活動である。たとえ神であっても、これをやめさせることはできない。私たち朝鮮人は、時代遅れとなっていたはずの侵略主義や強権主義のせいで、他の民族の支配を受けるというこれまでにない経験をすることになった。・・・・・・」という部分に注目すべきでしょうが、3・1独立運動の非暴力主義的性格をうかがわせる部分だと思います。


 

追悼会の画像

9月2日の追悼会の記事の参考に、いくつか画像をアップします。

久保山墓地ってこんな感じです。

久保山墓地 web

横浜市民の被災者を葬ったお墓。

集会 塚 web


9月2日 慰霊碑 ウェブ

慰霊の舞踊
舞踊 web

 最後の群読

9月2日 群読 web

殉難朝鮮人慰霊碑は合葬の墓に向かって左手にあります。

9月2日 横断幕 web


例会「誰も排除されない社会を目指して~津久井やまゆり園殺傷事件を考える」の報告です。

 講師は神奈川新聞社記者・成田洋樹氏と一般社団法人REAVA(ラーバ)理事長 渋谷治巳氏。40人が参加しました。
 犯人というか実名を出すか容疑者と呼ぶか迷いますが、元職員としましょう。
 2016年7月、相模原市にある障がい者施設で元職員が入所者を殺傷した事件。職員が「障がい者は不幸しか作れない」と語っていたこともあり、社会に大きな衝撃を与えました。成田氏だいぶ忘れられてているが、忘れてはいけない事件だと言います。神奈川新聞特報面の「時代の正体」でも、このやまゆり園殺傷事件について報道を続けていて、参加者の中には「時代の正体」の読者だというい人もいました。
 成田氏は、事件を元職員の特異な思想による犯行と片づけるのではなく、「障がい者は不幸しか作れない」に通じる考え方は社会にも広くあるのではといいます。
 さらに成田氏は、川崎のヘイトスピーチや、生活保護受給者への偏見が現れた小田原市で起きたジャンパーのケースなどにうかがえる時代の状況などにも言及しました。
 
 障がい者を排除する思想が社会の底流にあるのではという論点の他に、やまゆり園の今後の問題、そして報道の問題を成田氏は語りました。
 やまゆり園の建て替えについては、元の場所に再建する県の方針が白紙になっり、元の地域と仮の受け入れ先とに分けられる方針であることを説明しました。障がい者が地域から隔離される大規模施設は問題があるとしながらも、地域から障がい者を排除する社会をそのままのして、施設入所を求める家族を批判できないいいます。
 この事件の報道では、遺族からの要望で警察が被害者を匿名で発表しました。成田氏は、過熱取材を警戒する家族の思いを理解できるといいます。その一方で、匿名報道障がい者が名前を出せない状況を認めることになってしまうことのジレンマも語りました。
 
 脳性マヒの障がいをもつ渋谷氏は、作業所を運営する法人の理事長です。事件の一報を聞いた感想は「とうとうそう時が来たか」と思いだといいます。
 渋谷氏は「共に生きる」「障がいも一つの個性」などの建前では抑えられない社会の底流にある本音があからさまになったと語ります。1940年に作られた「国民優生法」と1948年成立の「優生保護法」が資料として回覧されました。優生保護法が母体保護法として96年に改正されるまで、日本では優生思想に基づく法律が行われてきたといいます。96年の改正の時、渋谷さんの先輩にあたる活動家は、国会傍聴に行ったそうですが、なんの議論もなくただ採決が行われたことにがっかりしていたそうです。自分たちの社会の問題として、優生保護法改正に取り組んでいなかったことが、障がい者に対する隠された偏見・差別が続いている一因かもしれません。
 印象に残ったのは、渋谷さんが「障がい者は独立した人格と扱われない。仮に自分が電動車いすの操作を誤ってショーウィンドウを壊しても、謝りに行くのは職員だろうとの喩えで社会の意識を指摘したところです。
 その後の質疑応答では、重度障がい児を持つ親や新聞記者、学生などから質問がありました。
  

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