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 「しかし それだけではない 加藤周一 幽霊と語る」が明日、渋谷シネ・アンジェリカで公開されます。
 JCJ機関紙に以下の文章を書きました。


 死者は追想するものではなく対話するものだろうか。
 1919年生まれ、08年12月に亡くなった評論家加藤周一氏の前に現れるのは東大時代の恩師の神田盾夫(ラテン語)渡辺一夫(フランス文学)という碩学と出征して戦死した友人たち。
 加藤氏は彼らを「幽霊」と呼び「幽霊たちは意見を変えない」と言う。
 戦争中、時流に流されなかった神田教授たちは戦後も一貫して戦争を否定してきた。しかし真珠湾攻撃に熱狂した圧倒的多数派の人々は、戦後には一転して戦争を否定し、最近はまた戦争を容認している。
 再び国家が個人に死を強いる時代が来ないために、加藤氏は九条の会の提唱者の一人となり、老人と学生の共闘を呼びかける。06年に東大の駒場キャンパスで開かれた集会で、学生たちに「就職してごらんなさい。すごい圧力を受けますよ」と語る加藤氏は日本社会の同調圧力の危険性を見すえている。
 皇居の上空をB29が通ったら無事ではないと大真面目に語る者がいて、それに異議を唱えるのは危険だった時代。理性を敵視した戦時下日本を忌避する加藤氏は、41年の12月8日には文楽の公演を楽しんでいた。氏の日本文化に対する知識は広く知られている。
 このドキュメンタリーでも自らの非命を予感する源実朝に寄せる思いが語られ、能舞台の映像とともに日本文化の特質を語る加藤氏の言葉が示される。
 長年にわたり加藤氏に親近した桜井均氏(プロデューサー)は、強風になびく樹木、漁火の明滅する水平線など美しい映像を加藤氏のインタビューに交え、抒情にも叙事にも偏らずに加藤周一という戦後の精神を直叙する。(保坂義久)




   
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 表現することでの「救済」
~民族派ロッカーと映像作家の交流、『新しい神様』~

「こんな世の中、どこかおかしい」「自分はこの時代と合わない」、そういう思いを抱く若者はいつもいた。彼ら、彼女らの不定形の不満を動員する者は?彼女ら、彼らの倦怠や焦燥はたんに若さの合併症なのか?
 土屋豊監督はかつて『あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか』というビデオ作品を作った。おそらく人々に天皇の戦争責任を問いかける事は政治的挑発ではなく日本人の内面化した責任回避となれ合いを問うことなのだろう。この『新しい神様』は民族派パンクバンドをやっている雨宮処凛(あまみやかりん)という女性のモノローグと行動を中心に構成されている。

  新しい神様  

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旧JCJホームページ「映画の鏡から。

集団が主人公(2000.12.25)
"名もある民衆"の闘い
現代に通じる時代劇『郡上一揆』

 昔から赤穂浪士の討ち入りは人気のある題材で、浄瑠璃、歌舞伎からテレビドラマまで様々な作品を生んだ。復讐という苛烈な行動に収斂されていく四十七士の人間ドラマが観客を惹きつけるのだろうが、現代では一つの目的に向かい力を結集する集団のドラマという見方も、特にビジネスマンなどの中にはあるだろう。
 集団が主役というドラマは難しく、古今にもそう例を見なかろうが、その稀有の成功例が出現した。神山征二郎監督 作品『郡上一揆』。江戸時代中期の宝暦年間(1875年頃)、美濃の郡上藩に起こった百姓一揆を描いた作品である。

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 JCJ機関紙ジャーナリスト98年7月号「映画の鏡」の文章を再掲します。

 映画ボスニアについては goo映画 参照。

 
 戦争の不条理が交錯
 特異な反戦映画『ボスニア』

 93年。たった5年前。ボスニア内戦のニュースを見ても、錯綜していて何がなんだかわからなkぁった。どうして戦争が起こったのか、どんな戦争が行われているのか、わからなかった。

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 森達也さんのドキュメンタリー作品『A』は大きな反響を呼びました。JCJ機関紙98年6月号の「映画の鏡」を転載します。

 「その後のオウム」追う
 ドキュメンタリー「A」


 人は意味を求め、あるいは物語を求めた。一連のオウム事件の時、大量の言論と映像が社会にあふれた。青年たちが奇怪な宗教に幻惑されたのはなぜか。この事件から見える現代社会の病理は…。大衆の怒り、知識人の戸惑い。三年前の集中豪雨報道で浮かび上がったのはオウム信者の奇矯さではなく、マスコミの醜悪さだったのではなかったか。

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